古町で

居住者様の寄稿

外出のついでに閉店後四日になる大和百貨店周辺を歩いた。想像はしていたがシャッターが降りた百貨店側は今にも火が消えてしまいそうに思え、つい足をとめた。自転車が歩道まではみ出していたあの賑わいはどこへ消えたのかとあたりを見廻した。気がつくとA店前の赤毛氈の椅子に腰を降ろしていた。そして何年ぶりかで店に入った。店員の声に思わずなつかしさがこみ上げて来た。とにかくお茶がほしい、先ず水出し用の煎茶を注文した。すすめられた椅子に腰を降ろして隣のお客と店員の話が私の目と耳をとらえたのである。杖一本をそばに老婆が店員に返事をしている。「歳はこれに書いてある。確か七十になる。今青山の老人ホームに何年もいる。皆仲良しで、御飯もたくさん頂くので又買い物に来たい、(大和デパートがなくなったので)一寸遠くなったが、車にのってここまで来られる。お金はこの手帳を見せれば安いから…」と店員に見せた障害者手帳の年はもう九十近い年だ。私はその老女に問いかけた。「これは昔にね、附船町の工場で働いて指二本だけ残ったがまだこっちの手が動くから助かる。心配はするな。」(この老女は耳が遠いようで店員との会話である)指の残った手をあえて私は見なかった、見たくはなかった。この人もかつては軍需工場で働いて、御主人と結婚し子供は遠くで働き、たった一人で青山の老人ホームでの生活。「お茶好きで、友達とお茶をのみながらの話が一番の楽しみだ。」と老女は答えた。私と店員の顔を見ながら、まるで幼児のような顔で話した。ここにも戦後の物語は刻まれていたのである。私もお茶とお菓子を頂いて、代金を支払い急いで古町を歩き出した。

帰り際に果物を少し買い、タクシーで帰ったのである。私にも住む家があり、友達も又多く暮らしている。五体不満足とは言わずにみんながお互いに心をよせ合って暮らしている幸せをしっかり味わったひとときではある。

夕焼雲が美しい、又明日も晴れの日がつづく、水無月である。